人生にはいろいろなCross Roadがありますね~
人と人との出会い・別れはもちろんのこと
自分の人生においても、たくさん。
過去には何度か、つらい決断がありました。
でもそれは別れではなく、別々の道を選んだということ。
それは一方を選んだのだけれど
もう一方を捨てたわけでは決してなく、
願えば必ずまた道はクロスすると思っています。
願わなければそのまま、遠く遠く離れて
生きている間には出会えないかもしれない。
自分のやりたいことも同じ。
いまはそのタイミングではないだけで、
願えばいつか、かなうはず。
いまは分かり合えない人がいても、それは今だけで
願えばいつか、分かり合えるはず。
なぜかこんな事を書きたくなりました。
こういう気分の時はきっと、
大空を高く高く舞い上がる、鳥になった夢を見るのです。
関東地域、すごい暴風です
チリやホコリも飛んでいるらしく、
くしゃみがとまらないので迷わずマスク装着。
家の外にでたらまっすぐ歩けないくらいすごい風…
と、マスクが風で飛んでいきました…
予備もっててよかったあ(*_*)
今朝は各線乱れているようですね…
焦ってもしようがないので
転んだりしないようきをつけましょう~
チリやホコリも飛んでいるらしく、
くしゃみがとまらないので迷わずマスク装着。
家の外にでたらまっすぐ歩けないくらいすごい風…
と、マスクが風で飛んでいきました…
予備もっててよかったあ(*_*)
今朝は各線乱れているようですね…
焦ってもしようがないので
転んだりしないようきをつけましょう~
自分の意見と異なることを言われたり、
時には自分を批判されたり。
そういうものを逆批判したり、受け入れない姿勢でいると
どんどん世界は閉じていく。
その狭い世界の中心にいる人は
周囲を(表面的な)イエスマンに囲まれ、
ある意味居心地はいいのかもしれないが
それはとても小さな、閉じられた世界。
今の自分の守備範囲を広げていったり、
変えていったりするときには
痛みや、成長が伴うもの。
何かに守られながら、進むという道もあるけれど
それは本当の意味での自己成長ではない。
周囲の人の同情を、
好意と勘違いしないでほしい。
言葉にしてしまうと、異論、批判、になるのかもしれないけれど
根拠もなく文句言っている人と、そうではなくて
その人のためを思って、友人だからこそ苦言を呈している場合がある。
そこを見極めてほしいと、願っている。
本当の友人なら、異論や批判(に、一見見えるもの)に対して
一緒に受け入れ、考えてみるものではなかろうか。
ただ守るだけが、友情ではないと思う、
しかも、客観的にみると
守っている、というのは自己満足で、
実は守っているつもりになっているだけのことが多い。
そんな、友人がいます。
友人がそれでいいなら・・それでいい。
だけれど、もったいないなあと思うのです。
もっと成長できると思います。
ただしそれは、守られているだけではできない。
自分で取りに行くもの。
友人の世界が、さらにどんどん閉じられて行っているような気がして
とっても残念です。
